モントレー2006 旅のハイライト(2)

ハイライト3)5/1 レイ家でのディナーパーティ
前述の小谷家にしてもそうですが、こちとら30人の団体を簡単に「お夕食にどうぞ」といってくれる、アメリカ人のお家とは、はたして?興味津々。その興味の対象は、昨年9月に館山を訪れ、すっかり日本ファンのナンシー&ロブ・レイ夫婦。りんごの花咲き乱れる果樹園の間の道をしばらくすすんで到着したご自宅は、いやはや、、、新緑も美しい大木がロータリーの真ん中に立っています。車をおりて外階段を上っていくと右手にプール、左手にはテラス、そして、玄関を入ってみれば、立食なら40人が充分に収容できるリビングルーム、カウンターのついたキッチン、その奥にダイニングルーム、、、「すごい!」という言葉しか出てきませんでした。日本びいきのおふたり、調度品はあちこちにその日本趣味をうかがいしることができます。
日本からのツアーメンバー一行、言葉の壁もなんのその、みなとても積極的にコミュニケーションをとり、あちこちで会話がはずみます。まるで映画の中の「ホームパーティ」のような光景です!
テラスにはえさ箱がおかれ、はち鳥がえさをついばみにきます。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のスクールマスコットだという黄色い大きなナメクジにもお目にかかりました。
過去のモントレートリップ参加者の砂賀三佐子さんより預かってきた古い留袖をナンシーさんとサンディさんの奥さんのアニーさんにプレゼントすると、こんなに喜んでもらっていいのかしら、というくらいの喜びよう。若佐さんと溝口母の着付けでドレスアップした二人が登場し、パーティはクライマックスを迎えたのでした。
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ハイライト4)5/2 ドックリケッツのラボでのパーティ
ツアーの事前勉強会で真面目にスタインベックの「缶詰横町」を読んでいった方は、十分その感動を味わっていただけたのではないでしょうか?そうではなかった方も、この風変わりな趣味人向けの小屋がもしかしてただの小屋ではない、ということを感じ取っていただけたかもしれません。スタインベックが小説の登場人物「先生」のモデルとしたエド・リケッツ。通常は公開していないその「先生」が実際に住んでいた建物を、今回私たちのために特別に公開。しかもただの見学ではなく、バーベキューパーティ会場として提供してくれる、というもしもあなたがスタインベックファンだったら卒倒するくらいすごいこの特別のはからいは、海洋博物館ティムさんの尽力によるものでした。
初日のウエルカムパーティでも腕をふるってくれたマークとクリスが今夜も大活躍。そのBBQのお肉やピーナッツバターソースのおいしかったこと!しかしなんといってもこのパーティのハイライトは、サンディさんのデモンストレーションによる「ビールミルクシェーク」の試飲会でした。詳しくは、どうぞスタインベック作「缶詰横町」をご参照ください!
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ツアー中、実に、実にたくさんの人たちのお世話になりました。感謝してもしきれません。こんなにあたたかいおもてなしを受けたのも、昨年9月、館山でのツアーでお手伝いしてくださった皆さんがあったからです。
そして、こちらの私たちを、あちらの友人たちと引き合わせてくれたのは、自らを「go-between - ナコウド」と自称する、サンディさんだということには、みなさんご賛同いただけるのではないかと思います。これからも、さらなる南房総とモントレーのすばらしい関係の継続を願って、我らがサンディさん、バンザイ!

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(7) I’m fed up with it!

「もうたくさん!」

Fedはfeed(エサを与える、食べさせる)の過去分詞。たくさん食べさせられてうんざり、という感じですね。ちょっと前まで、まだ梅雨にもならないのに雨ばかり、I was fed up with the wet weather.「じめじめした天気はうんざり」でした。辞書を引くのに慣れないと単語を一字一字引いてしまいがちですが、単語だけと、そのあとにつながる前置詞などで構成される熟語とでは、意味が違ってくることが多いですね。動詞のあとの前置詞は、もしかしたら熟語かも、と疑ってかかって辞書を引きましょう。見つけたら、「文の中ではどう使われるのかな」、例文のチェックも忘れずに。

モントレー2006 旅のハイライト(1)

4月27日から5月5日まで、南房総よりシンポジウム「コンバージェンス2006」に合わせ、総勢30名がカリフォルニアを訪れました。
書ききれないほどの感動の連続のツアーでしたが、その中でも特に印象に残ったところをピックアップし、ご報告したいと思います。
また、シンポジウムの報告は、別途すでに掲載してありすので、そちらをご覧ください。

ハイライト1):4/29 小谷家へご招待されてきました。
モントレー市内から車で南へ15分ほど、カーメルハイランドという高級住宅街の一角、海を見下ろす高台に、小谷源之助の孫、マリリンさんの自宅がありました。マリリンさんと妹のユージーニさんが中心となり、小谷家の人々が一同に会し、私たち30人以上の一行を手作りの日本食でもてなしてくれました。源之助の子どもにあたる国子さん、房子さん、マリリンのお母さんで源之助の息子のお嫁さんになるフミエさんも、車椅子でしたがわざわざ私たちの為に集まってくださいました。e0093807_11261072.jpge0093807_11342080.jpg

のり巻きやひじきの煮物、お煮染めののった紙皿をなにげなく置いたそのディナーテーブルが、源之助の時代、あわびダイバーたちが彼らの食堂で使っていたものと聞かされ、歴史がとても身近に感じられた瞬間でした。
シンポジウムのプログラムとプログラムの合間の、たった2時間ほどの滞在、後ろ髪を引かれながらのおいとまでした。

ハイライト2):4/30 ワイルダーランチでカウボーイになりました。
シンポジウムという大イベントが前日に終了し、訪米初日以来の美しい青空に恵まれたせいもあり、みな緊張もとけ、なんとなく晴れやかな笑顔。この日訪れたワイルダーランチでは、1900年西部のカウボーイの時代へタイムスリップ。入り口で、昨年9月に館山を訪れたチャーリー&パット・キーファーご夫妻が、その当時の衣装に身を包んで迎えてくれました。e0093807_1126545.jpg私たち一行も独り残らずこの時代の帽子をおかりし、西部開拓気分も盛り上がります。さらにバンダナまでプレゼントしていただき、首にまいてみるとなんだか本当のカウボーイみたいにみえてきた人たちも、、、。青空のもと、木々の緑とカリフォルニアポピーのオレンジが鮮やかに映えます。お昼は牧場内で昔ながらの製法のメキシカンタコス。自分たちで平たくつぶし、鉄板にのせて焼きます。中にくるむのはサボテンの肉入りのソース。美味です。そよ風のふく戸外で、目にまぶしいほどの緑に囲まれていただきますから、ますます美味です。でももっと美味だったのは、チャーリーの奥さんパット手作りの6種類のデザート!がんばって全種類味見した人もいたようです。
食後は牧場内の簡単なツアー。すべて水力を動力とした牧場内の設計の見事さにみんな感服。最後にはチャーリーの投げ縄術を伝授してもらいました。西部開拓時代を大満喫した一日でした。(つづく)
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モントレー日米シンポジウム その③

ゴールデンステートシアターにて

4月29日土曜日夜7時、コンバーシェンス2006式典の会場となった80年の歴史を刻むゴールデンステートシアターには、およそ800人の市民が集まりました。
直前までもてなしをうけていた小谷さんのお家から駆けつけたに本からのツアーメンバー一同、あわてて指示されたとおりに会場に入場すると、聴衆から大きくあたたかな歓迎の拍手が。舞台には司会を務めるサンディさんがタキシード姿で私たちを迎えます。
開催にあたり、カリフォルニアからは、州知事アーノルド・シュワルツネッガーほか18名から、また日本からは、堂本暁子千葉県知事、館山市の辻田実館山市長からも、祝辞が寄せられました。
続いて、「100年にわたる協力関係」と題して、ライドン教授が、南房総とモントレー湾地域の人々の交流を紹介しました。そして、今回の交流のシンボル「モントレー潜水アワビ漁万祝」が、照明に浮かび上がり紹介されると、満場の拍手が。この寄贈の仲人役となった鈴木政和さんらが壇上に招かれ、万祝の寄贈者である栗原氏からのメッセージを伝えました。

和太鼓の勇壮なパフォーマンスのあと、第二部として地元のカブリオ少年少女合唱団60名が登場しました。カブリオ大学の音楽教授が、この日のために指揮をとってきた合唱曲の数々、「さくら」「赤い靴」など6曲が、きれいな日本語で披露されました。

「青い目の人形」の歌に先立ち、約100年前、おじいさんがモントレーに渡ったアワビダイバーだった岩田美代江さんが、手作りの市松人形を抱えて舞台に登場、モントレー博物館に寄贈しました。
そして、「青い目の人形」の語り部、館山市の松苗禮子さんが、ホームステイ先のセイコ・ジャブリさんの通訳で、戦前、平和を願って贈られた青い目の人形使節の逸話を語りました。胸を打つ語りに、日本人も、アメリカ人も、会場一体となって聞き入りました。

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フィナーレには、会場が一体となって「青い目の人形」を日本語で合唱して、「コンバージェンス2006:アワビコネクション」の幕が閉じました。

終わりに
「当時としては極めて稀なことだが、A.M.アレン、小谷源之助、アワビステーキを普及させたポップ・アーネストは、国籍や言葉の壁を超えて、信頼と友情を育て、パートナーシップを築いた」と、ライドン教授、博物館歴史家トーマス氏は語ります。
今回は、のべ1800名以上の方が、4月28・29日にわたり、モントレー湾地域の三ヶ所の会場で、「コンバージェンス2006:アワビコネクション」に参加しました。モントレー地域のみなさん、そして今回ツアーに参加したメンバーも、そうではなかった皆さんも、関心をよせる私たち全てが関わり、こころからの平和な交流を願う事で、モントレー南房総コネクションは、過去をたどる旅であると同時に、未来をも築いていくことになるのでしょう。(完)
次回からは、シンポジウム後のツアーの模様を報告します。

モントレー日米シンポジウム その②

アワビシンポジウム モントレー海洋博物館にて開催 4月29日

翌日4月29日には、南房総地域とモントレー湾地域とをむすぶ109年にわたる歴史的な結びつきを祝おうと、さまざまな催しが行われました。モントレー海洋博物館の劇場では、日米両国からの研究者などによる研究発表が行われ、また、館前の広場ではアワビ・フェスティバルと銘打ち、「アワビレース」や、アワビの貝殻で作る工芸品展示会、アワビの詩コンテスト、アワビの貝殻コンテストなどが繰り広げられ、多くの人の目を楽しませました。あいにく曇天の肌寒い陽気だったので、これでお天気がよかったらさぞかし大にぎわいだっただろうと思います。でもこんなお天気がモントレーでは普通という事ですからしかたありません。
そして夜7時からは、会場を市内最大のゴールデンステートシアターに移して、フィナーレを飾るイベントが行われました。

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あわびレースの応援に熱が入る観客

のべ800名が訪れた博物館でのシンポジウム  
唯一の日系二世アワビダイバーであるロイ・ハットリ氏(87)が、戦前の潜水漁について貴重な体験談を披露したのを皮切りに、モントレーの先住民族の血をひく歴史学者リンダ・ヤマネ氏による「アワビとインディアンとの関わり」、事業家トム・エバート氏による「養殖アワビの科学」、ライドン教授による「中国人・日本人漁師とモントレーのアワビ漁」、トーマス氏による「アワビの食文化を定着させたポップ・アーネストと日本人漁師達との関わり」について、次々と発表が行われました。
なかでも、館山市の太田義夫さんによる小谷源之助の調査発表では、千倉町長性寺で行われたアレンの妻と、アレンの追悼法要の写真が紹介されました。

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源之助の事業パートナーであったアレンが、いかに大切な存在であったかがしのばれる、貴重なエピソードでした。

続いて、伝統の海女装束に身を包んだ吉田恵美子さんと宮本玲子さんが、人類学者ベサニー・グレナルド氏と共に登場し、ライドン教授の進行で、ポイントロボスでの素潜り漁実演の感想や、房州の海女漁について紹介をしました。
朝刊にトップニュースとして二人の写真が掲載されたこともあり、会場は立ち見客も出るほど。二人のユーモアあふれる率直なコメントや、身振り手振りに、聴衆は大いに沸き、通訳さえいらないことも。閉会後も、尊敬のまなざしで話しかけてくる人、サインを求める人が相次ぎ、房州の「アマダイバー」は一躍有名となりました!アワビ漁の話題には、言葉や国籍の違いなどなかったようです。
この日、モントレー海洋博物館の入場者は、800名を記録し、講演は常時150名が席を埋め尽くす盛況振り。モントレー国際大学院の協力により、我々訪問団のために同時通訳も用意されました。

モントレーの博物館に常設展が新設
今回のシンポジウムをきっかけに、モントレー海洋博物館に日本人と現地アメリカ人の協力によるあわび漁業に関する資料が常設展示されることになり、この日から公開されました。中央に飾られるのは、今回のイベントのシンボル、千倉町千田の栗原家から寄贈された万祝。足下には同家に残る当時のあわびダイバー、栗原石松氏の肖像写真。背後の壁には小谷源之助とアレンが共同経営していた缶詰工場のラベルが大きく描かれています。天井からは、白浜町の海女宮本玲子さん、千倉町の鈴木政和さんらの呼びかけで寄せられた素潜り漁の衣装を着たマネキンが、道具とともに展示されています。さらには、南房総の風景を紹介するため、訪問団の一員、鋸南町の溝口七生画伯の油絵も7点展示されました。国や文化の多様性を尊重する精神に基づき、日米融合の展示内容が生まれました。今後南房総一帯とモントレー湾地域のアワビが結ぶ交流を来館者に伝えていくことでしょう。(つづく) 

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