100年ほど前から約30年間にわたって、千葉県南部の南房総から、多くのアワビダイバーたちが、太平洋を渡り、アメリカへ出稼ぎにいきました。行き先は、サンフランシスコの南、モントレー湾岸。多くのダイバーは南房総に戻って来ましたが、米国に永住し、その地に骨をうずめた人たちもいました。
小谷源之助(写真)は、現在の白浜町根本出身。あわびダイバーに先駆けて1897年にカリフォルニアへ渡り、モントレー湾のアワビ漁の可能性を確信するや、南房総のダイバーたちを呼び寄せ、モントレー地区での日本人による潜水アワビ漁のパイオニアとなりました。アメリカ人の地主、A. M. アレンとのパートナーシップにより、アワビ漁およびアワビ加工業は成功をおさめました。彼は日本から妻と子供を呼び寄せ、現地でも多くの子供をもうけ、その半生をモントレーで終えました。
戦後、アワビダイバーの交流は途絶え、その歴史は人々の記憶から消滅しかけていましたが、まもなく、日米双方でこの興味深い歴史の一端を調べる研究者が現れました。千葉県館山市在住の大場俊雄氏は、1967年ごろから南房総とモントレーとの潜水夫交流に関して調査研究を続け、著書をはじめ数多くの研究論文を発表しています。その著書に刺激され、南房総でも地域史を調べる人たちが増えてきました。一方、水産資源豊かなカリフォルニア州モントレー地域には、古くから外国人が訪れたため、移民史研究がさかんでした。
1990年代半ば、両国研究者の交流が始まりました。そしてこの9月、南房総の館山市で、「虹の掛け橋」と題し、100年前に始まった日米の交流を再確認するイベントが、米国カリフォルニア州の歴史研究家、Sandy Lydon(サンディ・ライドン)氏と千葉県知事堂本暁子氏を迎えて行われたのです。
さらに、モントレー側では、来年4月にモントレーにおける日系あわびダイバーたちについてのシンポジウムが開催される予定です。オーシャンクイーン・プランニングでは、関係者の方々、興味のある方々とこのシンポジウムに参加できたらいいなあ、と検討しているところです。