〜モントレー南房総シンポジウム裏話〜1

モントレーの風 by 三橋祥江

カリフォルニアのサンノゼ空港に到着したのは、1月23日。冬の寒さを予想していた私には、拍子抜けするほどの明るい青空と温かさだった。一年を通してこんな気候だという。9月に館山で別れたサンディ・ライドン氏が出迎えてくれ、車で、一路空港からモントレー湾の北、サンタクルーズへと向かう。話に聞く愛犬サニーとルビーは、後ろの座席でのんびり景色を眺めている。
打ち合わせや、下見を兼ねての忙しい旅になりそうだ。2週間前のモントレー行きは、直前でキャンセルとなった。冬の嵐で、サンディさんの家が停電断水し、道路が壊れたからだ。私もがっかりだが、彼も天災で気の毒だった。しかし、万全を期して、今回ぜひ来いと誘ってくれた。南房総と結ぶシンポジウムの実行委員たちも待っている。

サンノゼは、ハイテク企業の集結する「シリコンバレー」のある町だ。モントレー湾を臨む美しい町サンタクルーズは、今やハイテク長者のベットタウンとして不動産価格が高騰し、少し時代がかった家だと2百万ドル(約2億円)の値が付く高級住宅地という。ハイウェイを行くうちに、巨大なレッドウッドの森や、雲をつくようなユカリプタスの巨木が目を楽しませる。北カリフォルニアの誇る銘木、レッドウッドは、ねじれた巨木になると7−800年も樹齢があり、木材としては非常に高価なもの。今日からご厄介になるサンディさんの家は、このレッドウッドの森に建てられたレッドウッド製で、周りにはふくろうやスカンクがいるというので、驚きだ。

翌朝、一面のアーティチョーク畑を通って、一路ハイウェイをモントレー海洋博物館へ。広大な農村地帯サリナスは、ジェームス・ディーン主演の映画『エデンの東』の舞台となった町で、日本人は古くから入植して、今も農業で活躍している。りんご畑、イチゴ畑が続く。最近では、オーガニックファームが、健康に関心の高いカリフォルニアの人たちの注目を集めているという。
モントレー湾沿いにずいぶん車を走らせ、モントレー海洋博物館へ着いた。安房博物館と同じく、魚網が中空に展示されている。いわし漁の展示がある。突きん棒漁の説明書がある。ティム・トーマス氏の顔を思わず振り返ると、自分も館山へ行って驚いたという。太平洋を挟んで向かい合う、二つの半島は、魚とりに関しては双子のようだ。博物館員たちが皆出てきて、感嘆して海女用具を手に取った。シンポジウムの実行委員6名全員も、集まってきた。そのうちの一人、エド・マルチネスは、おしゃれな紳士だが、長年趣味で漁業権をとってアワビ漁をしていたという。長柄が「てこ」のようになっているのに非常に驚き、素潜りで息が続かず断念した悔しい思い出を語った。アワビの美味を語り、これなら、はがすのに楽だと、何度も手にとって実演し、興奮気味だ。サンディさんが言った。Abalone is a key to open door between Japan and U.S.(アワビは、日本とアメリカの扉を開く鍵なんだよ)

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(↑房総のアワビ採り道具を手に取るエド(左)、ティム・トーマス(中央)モントレー海洋博物館にて。)

この旅の目的のひとつは、モントレー海洋博物館に、海女の漁労具一式を進呈するためだ。これには、水産学者大場俊雄先生、元安房博物館研究員太田義夫さん、千倉町でアワビダイバーの歴史を調査する鈴木政和さんと林さんが協力して、博物館の歴史家ティム・トーマス氏の求めに応じて奔走された。溝口かおりさんと二人で、モントレーと南房総の交流を育てるオーシャンクイーンを立ち上げたが、任意団体オーシャンクイーン・カウンシルとして、チームを組んでシンポジウムに向けて対応している。モントレーと活動状況をメールや写真で交換しあい、皆で作業をすすめていると、モントレーと南房総の人と人のつながりが、徐々に深まっていくのが実感できる。
今回の渡米に際して、天災で傷心のサンディさんを励まそうと、多くの仲間がビデオレターのために集まった。サンディさんは、包みを開けてびっくりした。画面に次々に現れる人たちの呼びかけに、奥さんのアニーと一緒になって、笑って、泣いた。
 アワビは、確かに私たちの心を結ぶ鍵になった。扉を開くのはこれからだ。